菅義偉の生い立ちが凄い!実家や父親と疎遠で大学進学の壮絶人生!

菅義偉の生い立ちが凄い!実家や父親と疎遠で大学進学の壮絶人生

菅義偉さんの生い立ちを知りたくなりました。

自民党総裁選に出馬することになった菅義偉さんは、どのように生まれ育ったのでしょうか。

今回は、実家や両親のことと、大学進学して政治家を目指すまでの壮絶な生い立ちを公開します。

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菅義偉のプロフィール

菅義偉のプロフィール

  • 生年月日:1948年12月6日
  • 血液型:O型
  • 出身: 秋田県湯沢市
  • 前職 :段ボール工場作業員、建電設備株式会社社員
  • 趣味:渓流釣り、ウォーキング
  • 空手:三段位
  • 好きな食べ物:甘味、めん類

学歴

  • 小学校:湯沢市立雄勝小学校
  • 中学:湯沢市立雄勝中学校
  • 高校:秋田県立湯沢高等学校
  • 大学:法政大学法学部政治学科

菅義偉の生い立ち!小学生~高校生は地元で実家生活

菅義偉の生い立ちが凄い

菅義偉の実家は秋田県のイチゴ農家

菅義偉さんの実家は秋田県雄勝郡雄勝町でイチゴ農家を営んでおりました。

菅義偉さんは1948年12月6日、農家の父、和三郎さんと母のタツさんの長男として誕生しています。

兄弟は、姉が2人と弟1人の4人兄弟の長男です。

ちなみに、お姉さんのお2人は高校教師をされていまして叔父と叔母ともに、元教員ですので、そのDNAを受け継いでいます。政治家一家というよりは教職員一家といったところでしょうか。

菅義偉の父親は教職員とは無縁のお仕事で、元南満州鉄道の職員で、当時は花形産業の仕事に就いていました。待遇も良く子宝にも恵まれて、順風満帆の日々だったようです。

ところが、終戦を迎えて生活環境は一変してしまいます。

家族が味わった苦労から父親は、お米だけに頼るのではなく、違う農作物にも目を向けるとして、イチゴの栽培を始めたのです。

販売方法も、かなり戦略的でした。地元に新たな、いちご生産集出荷組合を設立して、地元の「秋ノ宮いちご」の生産に乗り出すことになります。農協も存在していましたが、今風にいえばベンチャー企業そのものですね。

菅義偉さんいわく、自分が起床するころに、両親が帰宅するほど両親は働き者だったそうで、父親は声が大きく、すごく怖い存在だったとおっしゃっています。

秋田県は豪雪地帯、その寒さの特性を活かして意図的に出荷を遅らせた、新たな銘柄の「ニューワサ」が一躍脚光を浴びることになります。

その後もベンチャーらしく、独自の生産や、出荷販売ルートを開拓してイチゴ農園を成功に導いています。

こうしたことから、菅義偉さんの実家は田舎の農園といえども、裕福なご家庭だったとされています。

菅義偉の小学校時代

菅義偉さんの出身小学校は雄勝町立秋ノ宮小学校(現、湯沢市立雄勝小学校)です。

菅義偉の出身小学校

家と小学校までは約100mほどしか離れていなかったそうです。

そのため、友達がいつも押しかけてきたそうです。とくに月刊冒険王の漫画を読みたくて毎月配達される日は家の前に友達が大勢待っていたそうです。人気者w

菅義偉が貸し出していた月間冒険王

菅義偉さんは、とても優しい性格の少年で、開封後は友だちに優先で貸し出していたんだそうです。さすが、駆け引き上手…みたいな。

菅義偉の中学校時代

菅義偉さんの出身中学校は、雄勝町立秋ノ宮中学校(現、湯沢市立雄勝中学校)です。

菅義偉の出身中学校

湯沢市立雄勝中学校は小学校と同じ敷地内にあり、つまりは家から超近い距離でした。

小学校の頃は友達優先で漫画を貸し出したり、とても優しい性格で学校でも人気者だったそうすが、この頃から、現在の菅義偉さんらしい?頑固な性格でもあったそうです。

菅義偉さんは運動神経抜群で、中学時代は野球部に所属しています。

菅義偉は中学で野球部

1番打者で守備はサードでした。長島さんにちょっと近い…

スイングフォームが独特で、よく監督に指導されていたそうですが、構えを指導されても、自分のやり方を変えようとしない程の頑固者だったそうです。いるいる~、必ず1人はいるんですよ、こういうタイプの選手って…

でも、独自のスイングを貫けたのは、ちゃんと結果を出せていたからと当時の野球部仲間がおっしゃっていました。

結局、監督も指導を諦めたそいうですが、何気に現在の性格は既に出来上がっていた感がありますね。

菅義偉の高校時代

菅義偉さんの出身中学校は、秋田県立湯沢高等学校です。

自宅から、近い高校を選んだそうですが、片道に約2時間かかるんだそうです。う~ん、ちょっと遠いですね。

菅義偉の出身高校

菅義偉さんの高校時代は、あまり目立たない存在だったということです。そりゃそうですよ、片道2時間もかけて登校してますから、学校に着いた時にはゲンナリ状態でしょう…

菅義偉さん、高校時代のことをあまり多く語らないのは、もしや彼女でもいたのかなぁ?って思いましたが、そうではなかったようです。

菅義偉が実家を離れ上京した理由!父親とは疎遠?

菅義偉さんは、1967年3月の18歳で、秋田県から集団就職で上京しています。

集団就職の列車に乗って上京したそうですが、昔の列車は、とにかく時間がかかりますし、過酷だったそうです。秋田を離れる時、ホームにはまだ雪が残っていたと感慨深くご本人がおっしゃっております。

菅義偉が集団就職で上京

降り積もる雪の中、長男として生まれ、農業を継ぐのが嫌で、とにかく田舎から逃げ出したい一心で家出同然だったんだとか…父親とは疎遠になりかけたという噂もあります。

こうして、実家を離れて、農業を継がなくなり安心していたのもつかの間、待ち受けていたのは過酷な生活で、ここから菅義偉さんの人生が一変します。

菅義偉は法政大学大学に進学!アルバイト時代が過酷!

高校卒業後に集団就職で上京をした菅義偉さんは、さっそく板橋区にある段ボール工場に勤務するのですが、数カ月で辞めてしまいます。

菅義偉さんは、ひとこと「現実は甘くなかった」と当時を語っています。なぜ辞めてしまったのかは不明ですが、真面目で頑固な菅義偉さんなので、きっと理不尽なことでもあったのではないでしょうか。

その後も、過酷なアルバイト生活が続きます…

朝は築地市場で働いて、夜は新宿の飲食店で皿洗いを続けながら、時間を見つけては受験勉強を続けたそうです。

信じられないくらいに過酷です!実は私も市場のアルバイトをしていたことがありますが、もう過酷なんてもんじゃなかったですから。

昔は「やっちゃば」って呼ばれていたほど荒れ放題だし、朝早いから時給は良いのですが正直一番辛かったバイトです。菅義偉さんが…体力半端ない!信じられません…

頑張りのかいあって上京から2年後に法政大学法学部に入学しています。スゲー!

また学部を選んだ理由が凄い…「授業料が最も安かった」からだそうです。将来政治家になるつもりは、まったくなし…

法政大学に入学後も、ガードマン→新聞社の雑用→カレー屋などのアルバイトをかたっぱしからやっています。

でもって、さらに凄いのが学業とバイトで時間なんてどこにあるの状態なのに空手にのめり込んだそうです。このバイタリティーには脱帽…

菅義偉,空手,三段画像1

考えるより行動しろ派なんでしょうかね…アルバイトに追われながらも三段位まで昇格しています。根性ありすぎ…短髪がイケメンです。

菅義偉,空手,三段画像2

なんでそこまで!?って思いますが、菅義偉さんいわく「自分を厳しい状況に置きたかった。」と。

空手を通じて多くのことを学んだと言います。礼節、先輩や後輩の序列、我慢、いわば人生修行とでもいいましょうか、人間形成に大きく影響があったそうです。

やっぱ武道はいいですね。ちなみに、私も武道をたしなみますので、まったく同感です。

菅義偉さんの、若い頃の空手着姿と、俳優のようなイケメン画像をご覧になりたい方はこちらをご覧ください。
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菅義偉の若い頃の空手着画像がイケメン!角刈りから男前の変貌が凄い!

菅義偉は大学卒業後に政治家を目指した理由

いよいよ菅義偉さんの生い立ちの大詰めになってまいります。

菅義偉は大学卒業後に一度就職をするのですが、一転して政治家を目指すことになります。

菅義偉さんは、法政大学を卒業後、電気設備会社に就職しています。法学部なのに、なぜ電気設備なの?って突っ込みたくなりますが…

この頃も、まだ政治家になる気はまったくなし…

ところが、突然法学部の血が騒ぎ出すことに…ご本人いわく「人生は一回きりだから自分の思うように生きたい」と思うようになったそうです。なんか十分思うように生きてきた感がありますが…

真面目で一本気、絶対に考えを曲げない性格の菅義偉さん。まさに猪突猛進!

大学の学生課やOB会に頼み込んで、小此木彦三郎衆院議員の秘書をさせてもらうことになります。おー!人生観が変わった瞬間ですね。

菅義偉さん、小此木彦三郎さんのところでは、11年間、秘書を務めています。

ちなみに、5歳年下の奥様、真理子夫人と出会ったのも秘書をしている時でした。安田成美さんに似たお綺麗な真理子夫人に惚れちゃったんです。
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菅義偉の嫁は真理子夫人(画像)!馴れ初めや夫婦仲と3人の子供が凄い!

その時の気概は「人生は一回きりだから自分の思うように生きたいと考えるようになったんです。それが政治の世界に入ることだった。政治は世の中の根幹だ。そこで自分の力を試したい。そして、日本を変えたいと思った」と。

菅義偉さんの思考力と行動力!さすがです。奥様まで…

1987年には、神奈川県の横浜市会議員選挙に西区選挙区から出馬し、初当選し、その後は市議を2期務めています。

1996年には、衆議院議員総選挙に自民党から出馬して初当選。

2006年には、安倍内閣で総務大臣に起用され初入閣を果たしています。

2012年に、第2次安倍内閣で、内閣官房長官に起用され現在に至っています。

【まとめ】菅義偉の生い立ちが凄い!実家や父親と疎遠で大学進学の壮絶人生

菅義偉さんの生い立ちは、苦労と希望に満ち溢れていました。

政治家の家系でもなく、農家になることが嫌で状況をして、苦労の末に見出したご自身の将来は、険しいがゆえに輝かしくも映ります。

菅義偉さんの経歴をまとめておきます。

  • 実家は秋田県雄勝郡雄勝町でイチゴ農園
  • 兄弟は、姉が2人と弟1人の4人兄弟の長男
  • 小学校は雄勝町立秋ノ宮小学校(現、湯沢市立雄勝小学校時代小学校)
  • 中学校は雄勝町立秋ノ宮中学校(現、湯沢市立雄勝中学校)
  • 高校は秋田県立湯沢高等学校
  • 高校卒業後に集団就職で上京
  • 大学は法政大学、法学部
  • 大学卒業後に小此木彦三郎衆院議員の秘書を11年
  • 1987年:横浜市会議員 2期
  • 1996年:衆議院議員総選挙に自民党から出馬して初当選
  • 2006年:安倍内閣で総務大臣に起用され初入閣
  • 2012年:第2次安倍内閣で、内閣官房長官に起用され現在に至る

今回は、菅義偉の生い立ちとして、実家や父親と大学進学して政治家を目指すまでをご紹介しました。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

おわり。thank you for reading.

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